top of page
検索
  • 執筆者の写真史朗 江川

論文解説:恐竜の大腿骨エボデボ (Egawa et al., 2022, Proc. R. Soc. B)

更新日:2022年10月23日


先日下記の論文を出版しました。少し難しい内容なので、日本語のざっくり解説を置いておきます。


(断りがない限り、全て左脚の大腿骨を図示しています)



[導入]

恐竜はいわゆる「下方型」という姿勢をしており、これを可能にしてるのが主に大腿骨の一番上の部分(大腿骨頭)の突出です。この特徴はリチャードオーウェンの時代から注目されてきました。


参考:

・ワニの大腿骨 (右脚, ガビアル, tmm:m:6820)

・アロサウルスの大腿骨 (左脚, UMNH VP 7884)

・鳥の大腿骨 (右脚, キウィ, LB1202)


大人の形が進化しているとき、かならずその発生過程が進化しています。ということで、「発生過程がどういうふうに進化して、この恐竜に特徴的な大腿骨頭が進化してきたのか」を明らかにすべく本研究に取り組みました。 先行研究によって二つの対立仮説(伸長説 vs 捻転説)が提示されていました。今回の研究はこの”矛盾”をほどいていく作業でした。


[結果&議論1:ワニ vs 鳥]

はじめに、ワニ(祖先と同じような形)とウズラ(恐竜から特徴を引き継いでる)の胚を比較して、何が差になってるのかを明らかにしました。 両者ともはじめは似たような形の大腿骨ができてきて、ウズラでのみ後に大腿骨頭の伸長が追加で観察されました。このことから「伸長があるかないか」が「大腿骨の形が恐竜型になるかどうか」の差を作っていることが判りました。

どうやら「伸長説」に分があるようです。


[結果&議論2:初期の主竜類 vs 非鳥類 獣脚類]

次に化石を調べ、絶滅した獣脚類の大腿骨頭がどのように発生していたのか、そしてその発生過程がどのように進化してきたのかを推論しました。

大腿骨頭はワニと鳥で似た状態から発生してくるので、系統的にその間にいる絶滅恐竜でもこの点は同様だと考えられます。つまり、恐竜の大腿骨もはじめはワニのような形から形づくりが始まると推論できます。一方で、恐竜の大人では大腿骨頭の向きがワニとはだいぶ異なります。ということで、恐竜の大腿骨頭は成長の過程で捻じれて向きを変えたと考えられそうです。

ワニ・ムスサウルス・タルボサウルスの成長過程を追ってみると、実際に少しずつ捻じれていく過程が観察されました。

このことから、「絶滅恐竜は捻じれによって大腿骨頭を突出させていて、進化の過程で捻じれ度合いが大きくなっていた」と推論できます。哺乳類や奇形ワニから類推すると、この捻じれは胎動によって生じていたと考えられます。

今度はどうやら「捻転説」に分があるようです。


参考:

奇形ワニ胚

(Lawrence Witmer博士のご厚意によりデータを再利用)



[議論]

ということで、現生種の胚からの仮説(結果1; 伸長説)と化石種からの仮説(結果2; 捻転説)が矛盾してしまいました。


発生過程の進化ではしばしば、「大人の形はそのままに、その発生過程だけが進化する」という現象が起きます。本研究の結果は「恐竜型の大腿骨頭の突出は、はじめは捻じれで作られて、後の進化で(大人の形はそのままに)伸長で作られるようになった」というシナリオを示唆するものだと考えられます。


尾総骨類(pygostylians)になると大腿骨頭まわりの軟組織の付着点が"なぜか"位置を変えています。詳細は省きますが、これも「発生過程の進化」を想定すると無矛盾に説明がつきます。


[結論]


以上をもって、「恐竜の大腿骨頭は進化の中で『捻じれ』から『伸長』へと発生過程を変更した」と結論付けました。


 

このプロジェクトは進化発生・古生物・バイオメカニクスの協働チームで行いました。データの共有もさることながら、この論文は分厚いディスカッションの結晶という感があります。共著者に大感謝です!

江川 (プロジェクトリーダー, エボデボ), Chris Griffin (古生物, エボデボ), Peter J. Bishop (古生物, バイオメカニクス), Romain Pintore (古生物, 形態計測), Henry P. Tsai (古生物, 股関節解剖), João F. Botelho (エボデボ, 胚の可視化), Daniel Smith-Paredes (エボデボ, 胚の可視化), Shigeru Kuratani (エボデボ), Mark A. Norell (古生物), Sterling J. Nesbitt (古生物), John R. Hutchinson (古生物, バイオメカニクス), and Bhart-Anjan S. Bhullar(古生物, エボデボ)


特にもう一人の責任著者 アンジャン(写真右)が「恐竜エボデボ」を開拓してなかったらこの研究は絶対に芽生えませんでした。

(Yale大のラボにて, 2019)


また、本研究はたくさんの方々にご協力を賜りました。この場を借りて改めてお礼申し上げますm(_ _)m


 

個人的にゲーテやピアジェの包括的な生物観が好きなので、議論の中でいろいろと「生前の形態形成」と「生後の機能」の複雑な絡み合い(一個体内での時空間的全体論・コンストレイントワークの深化)に挑戦しています。


挑戦的な議論を展開したのと思うので、批判的コメントはとってもウェルカムです。返信は遅くなりますが、アカデミア/在野を問わずいつでもご意見頂ければ幸いです。


 


Q.

「結果としての形を変えずに発生過程の方が変化する」のはなぜなのでしょうか?(この場合でも、一般的にでも) 当てずっぽうですがたとえば成長速度が変わったとか、リソースの問題とか…?

(mazさん, 2022.10.11)


[一般論]

僕の理解では、「生後機能への正の選択圧」+「発生過程への緩い選択圧」が基本的な原因だと考えています。経験的な検証が難しいかなりので、現時点ではほぼ全て理論が提出されているままの状態です。下記の具体例も、”お話”として受け止めて頂ければと思います。

A. 特に理由がない場合

発生経路のオプションがいくつかある場合、発生の成功率が同等であればどのオプションでも問題ない筈なので、オプション間でランダムな浮動が起きる(あるいは固定もされてしまう)とされています。遺伝的浮動のイメージです。

例:同等の機能を持つエンハンサー(ゲノム中の遺伝子発現調節配列)はしばしば進化の過程でターンオーバーをしてるらしく、これが浮動に該当するのではと予想してます。

(関連概念:enhancer turnover, developmental system drift)



B. 理由がある場合

B.1. 形態形成が起きてる時期の外部環境が変わった

古典的なアイディアでは、形態形成が起きてる時期の外部環境が(進化的タイムスケールで)変化すると発生過程だけが変わるとされています。外部環境への直接的な適応の場合もありますし、使える栄養リソースや発生スピードの制約から発生過程を変化せざるを得ない場合もあると思います。


例:海洋無脊椎動物や節足動物の直接発生vs間接発生。 (関連概念:caenogenesis)


B.2. 発生の効率が高まる場合

発生過程も実は全然パーフェクトではなく、しばしば奇形が生じることがあります。ある形質を獲得したあと、その”成功率”を高めるよう発生過程だけが進化することがあります(stabilizing selection)。形質状態の分散が小さくなる感じです。特に、祖先では外部からの環境刺激に依存しながら発生していた形質が、全て”in house”で発生できるよう進化することもあるとされています(genetic assimilation; *)。

途中に”寄り道”をするような発生経路から(進化タイムスケールで)より”ストレート”な発生経路にシフトすることもあります(cf. 反復発生における圧縮という現象がこれに該当するかもです; +)。


*例:ダチョウの胸には生まれつき座り胼胝があります。これは「後天的に地面と擦れて形成されていた胼胝が、進化の過程で先天的に形成されるようになった」と解釈されています。

+例:足首の骨は始めに軟骨として生じ、後に硬骨化します。ワニの系統ではそのうちのいくつかが融合して一つの骨になっています。化石ワニでは、「二つの軟骨ができる→それぞれ独立に硬骨化→生後かなり経ってから硬骨どうしが融合する」という発生過程を経る一方、子孫の現生ワニでは「二つの軟骨ができる→直後に軟骨どうしが融合→両者の中心から一つの硬骨ができてくる」という発生過程を経ます。結果的には同じ軟骨が融合して同じような形の硬骨が形成されます。


B.3. 他の形質/機能との兼ね合い

発生過程が違うと、周りの器官/機能との兼ね合いも変わります。


例1:嘴の角質を発生させると歯の形成が阻害されます。初期の鳥類は「歯を作るけどそれが萌出しない」という状況で無歯性でしたが、現生鳥類では「嘴ができてそもそも初めから歯が作られない」という状況で無歯性になっています(という仮説が提示されています) 例2:指を3本まで減らす際、トカゲなどの祖先的な発生過程では2,3,4指(人差,中,薬指)が残ります。恐竜の系統でも(何らかの選択圧で)指が3本まで減りましたが、1指(親指)は機能的に分化しており、それに正の選択圧がかかっていたと思われます。「2,3,4の指しか残せない」+「1指は残したい」という”難題が課された”結果、鳥の系統の恐竜は「2,3,4指の位置に1,2,3指を作る」というように発生過程が進化しています(というシナリオが描けます)。


[今回の恐竜の例について]

スペキュレーション中心になってしまいますが、主に「生後の歩行が生前の発生過程にバイアスをかけた」というシナリオを考えています。

1. 最終的に形成されてくる骨の外形が同じでも、発生過程が変わると靭帯などの位置が少しずつ変わります。祖先では股関節構造がまだ原始的なので、鳥型の靭帯配置を受け入れる素地が整っていませんでした。 (具体的には、骨盤側に穴が開いていませんでした) 2. 恐竜的な発生過程(捻じれ)では股関節構造の漸進的な進化(捻じれの”微調整”)が可能な一方、鳥型の発生過程(骨盤方向への突出)ではあまりそれができなさそうです。つまり、はじめから鳥型の発生過程が起きたとすると、骨の形状が跳躍進化することになりそうです。腰回りの解剖学的構造や運動機能に関わる神経生理など、他の形質の進化が追い付かなさそうです。 つまり、同じような大腿骨を獲得する上では、「祖先→恐竜型発生過程」と「祖先→鳥型発生過程」のうち前者の方が(line of least resistance的な意味で)less resistedな進化経路だと考えています。 3. 祖先的な発生過程(捻じれ)は筋収縮(胎動や生後の歩行)で起きていたと考えています。一方で、鳥に至る過程で体の重心位置が変わり、それに合わせて股関節周りの筋にもかなりの進化的変更が起きました。そうこうしている内に、捻じれが引き起こせない筋配置になりつつありました。「機能する股関節を形成する」+「鳥型歩行に適した筋配置にする」という”難題”を”解決しようとした”結果、「祖先的恐竜とは方法で股関節を形成する」+「鳥型歩行に適した筋配置にする」という状態に帰結しました。と考えています。


4.

鳥型歩行に適した骨盤形態に進化すると、胎児期での骨盤と大腿骨の位置関係が若干変化することになります。都合の良いことに、これが大腿骨頭の伸長方向を変化させて鳥型の発生過程(骨盤方向への伸長)に帰結したと考えています。



ということで、恐竜の大腿骨の例ではAとB1には該当せず、B3(生後機能との兼ね合い)が主な原因だと考えています。発生過程が”寄り道”をしなくなったという点ではB2にも該当するかもです。


(このあたりも総説論文にしたいので、引用文献は割愛してます)

bottom of page