新学術領域研究「進化の制約と方向性」第三回若手企画ワークショプ「新・研究計画~新たな謎に踏み込め~」(2020.06.18) 参加記より転載
1. 緒言: なんだか議論が上滑りしてしまう
いざ「ノベルティや揺らぎについて議論しよう」という段になった時になんだか其処此処で議論が上手く噛み合わない。けれども、それが何故だか上手く言語化できない。領域会議で感じたこのことを個人的に思索してみました。目下の専門は脊椎動物の進化形態学(恐竜のエボデボ) なので、他分野には疎い議論が続くことをご了承下さい。
2. 鍵は階層を上手く取り扱うことか?
生態学的ノベルティや揺らぎ・形態形成のノベルティや揺らぎ・GRNのノベルティや揺らぎ、これらは往々にして一致しません。背景にあるメカニズムも一見、一致しているようには見えません。なので、これらをそのまま同一平面上で議論しようとしてしまっていたが為にすれ違いが頻発してしまったのではないか、と思うようになりました。特に以下の3点への注意が重要だと感じました。
- 注目している揺らぎは、共時的分散か/経時的変動か/互いに読み替え可能な現象か
- 注目している揺らぎ・ノベルティは、どの階層に属するのか(異なる階層を混同しない)
- 異なる階層にある現象どうしを比較可能なものにするには、各現象で比較可能なランドマークをどう洗い出しておくべきなのか
つまり、多階層空間内で遭難しない為の航海術(ナビゲーション)が鍵になると感じました。
3. 階層間トラベルの達人: ベイトソン
特に2,3点目について、スッキリと議論をまとめたのがウィリアムベイトソンの息子、グレゴリーベイトソンです([i])。彼は、異なる階層(彼自身の言葉によれば論理階型)の間で現象を混同しないことを強く指摘しながら、階層間をトラベルする上での思考枠組みを提示してくれました。彼によれば、次の二つをしっかりと捉えて交互に相補的に繰り返えすことで、上手く階層間をトラベルできるそうです; 自然現象については「ランダム試行」と「(準)決定論的プロセス(w/選択) 」; 科学的営為については「合理論的パターン記述」と「機械論的プロセスの理解」。ちなみに彼の慧眼は、ランダムネスについて「個々の事例は予測できない(アテにできない)が、系全体の振る舞いは法則に従う(アテにできる)」と定義しているところだと思います。
彼は進化の「ランダム試行+準決定論的プロセスw/選択」について次のようなスキームを想定していました; ランダムにばらけた遺伝型が生じ、そこからそれぞれ半ば決定論的に表現型形成が進む、と同時に内部淘汰がかかる; 表現型と環境の組み合わせがランダムに生じ、そこからそれぞれ半ば決定論的に機能が発揮される、と同時に外部淘汰がかかる。
4. 梵我一如を目指して; ベイトソン的素過程の敷衍
彼の進化スキーム中に登場する有意味なランダムネスは、「受精卵(発生前)の遺伝型」と「表現型と環境の組み合わせ」のみで、そこから発する準決定論的プロセス(遺伝型を基に起こる形態形成・表現型と環境の相互作用で機能が発揮される過程)ではランダムネスの介入・生成を想定していませんでした(ランダム試行とプロセスの分離)。この点について、エピジェネティックランドスケープをネタにしながら、スキーム拡張を試みたいと思います。
この比喩的概念では、稜線と谷のある地形を球がコロコロ転がっていき、半ば決定論的にどこか特定の扇状地へと出てきます。この土地は少し特殊で、常に局所ごとに微振動しているとします【プロセス構成要素のランダムネスの想定】。なので球は完全に決定論的に振る舞う訳ではなく、低い稜線ほど時折ランダムに跨いでしまい、結果としてルートやゴールが変わります。この地形を麓から見上げたとき、球が来て欲しい全ての扇状地に対して必ずしも山頂から連続した谷が続いている訳ではなく、どうもそのように上手く谷を造成できない・造成しても採算が取れないこともあるでしょう。このように球の経路を制御できない・しない場合には、一部中腹に高台を造成したり、微振動の面積や高さと球サイズの相対値を局所的に調整したりして、土地自身の持ち前の振動に任せてランダムに球に動いてもらい、目的の扇状地へと繋がるもっと下流の谷まで確率論的に辿り着いてもらう、というのが良いのではと思います([ii])。つまり、「制御可能性の不在」は「ランダムな試行によって飛び越えて」もらう、ということです【プロセス中でのランダムネスの積極的利用([iii])】。例えば適応度の谷は、個体のランダム抽出で遺伝的浮動が促進(ボトルネック効果)されると、乗り越え易くなる筈です。
もしかしたら生物学的現象は、其処此処でこのようなランダムネス利用で上手いことになっているのではないか、と期待したくなります。もしそうならば、次のように”用意が整っている”のだろうと思います。準決定論的プロセス: 決定論的に制御できる・した方がいい局面においては、入力よりも出力のエントロピーが下がるよう([iv])、構成要素のランダムネスを捨象するようなシステムを組んでおく。ランダム試行: 決定論的に制御できない・しない方がいい局面においては寧ろ、入力のエントロピーをあまり下げなかったり・系内のノイズが出力へ大きく影響を及ぼせたりするよう、例えばカオティックなシステムを組んでおく。つまり、生物学的現象はこのようなやり方で、系のエントロピー低下を”目指す” 一辺倒だけではなく、要所要所で”自身に都合がいい”ようにエントロピーの残存・増大を”歓迎”しているのでは、という期待です。例えば反応拡散系(縞などを作り始めるには構成要素のバラツキが必要)が利用されている局面がこれに相当すると思います。
このアイディアが妥当ならば、進化のメカニズム的階層性は例えば次の二つの組み合わせで記述することも可能になるのでは、と考えています。
《【[〈『「分子挙動*GRNの駆動」*組織発生』*個体の表現型形成〉*群れ構造の形成]*生態系構造の形成】*全球的環境の形成》
〈『「祖先集団の形質セット(表現型)の発生機構*内群ステムグループの形質セットの発生機構」*更に内群ステムグループの形質セットの発生機構』*更に......〉
(*=のランダム試行を利用した) ([v])
一つ目で行ったことは、彼が適用しなかったあらゆる階層へのベイトソン的素過程「ランダム試行に発するプロセスw/選択」の適用です(図)。このアイディアと共に自然を観察すれば、おそらく「ランダムネスを決定論的プロセスに組み込むことで、”適応的な状態”に到達する」という同型的な一般則を、低次/ミクロから高次/マクロのまで様々な階層で見出すことが可能になる筈、と期待しています。そして同型である以上、どこかの階層で発見された知見は簡単に別の階層でメタファーとして機能し、アブダクションを助ける。これにより個々の科学は加速するだろうし、一方で“一般則”の性質にも理解が深まるだろうと思います。
彼の肩から出発する更なる展開([vi])を期待と共に予想して、本稿を閉めたいと思います。
- 異なる階層間での影響の及ぼし合い方・階層間で”利益相反”が起きた場合を解消する方法([vii])、の一般化、と頻出する経験的事例。
- ランダムだったものを決定論的にしてしまう機構(e.g.,ホメオスタシスの獲得・遺伝的同化・安定化淘汰の機械論)。反対に、決定論的だったものをランダムにしてしまう機構(e.g.,応答基準の拡張・遺伝的順応)。つまり、「ランダムネスを利用する⇄しない; 入力のエントロピーを保存・増幅⇄抑制」という転換的な進化の機械論、と頻出する経験的事例。
- ランダムネスを利用すべき・できる/しないべき・できない局面がどう決まっているかの機械論、と経験的事例。関連して、「系内部でのランダム試行と決定論的過程のバランス」・「ランダム試行⇄決定論的過程の転換の頻度」と、進化の動態・可能性の関係性。([viii])
射程: (ランダムネスは決定論的制御の断絶をもたらすので)発生過程・機構のモジュール性、発生負荷点の分布。進化における飛躍もしくは分類群の非連続的な階層性(断続平衡)。ボディプランの保存性・進化。
[i] ベイトソン, 2006, 精神と自然―生きた世界の認識論。値段が高騰しています。先輩諸兄姉におかれましては何卒、伸びそうな苦学生を近くで見かけた際には本書に限らず本を買ってあげて下さい。
[i] こちらからインスピレーションを受けました。https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2006/08/news110.html
[iii] 他にも、構成要素の振舞いにノイズを加えると、選択が介在していない(つまりベイトソン的素過程が無い)にも関わらず、出力の平均値が向上するという事例があるそうです(大平, 2015,「ゆらぎ」と「遅れ」: 不確実さの数理学)。私自身、まだよく理解していません。 [iv] 出力のエントロピーの大小は、それをジャッジする環境(図bで言うと、func-env pool内の個々の環境)が“検知可能な解像度”に依存するので、正確に言うと入力と出力のエントロピーを直接比較するのは適切ではないと考えています。 [v] ここで扱っているのは経時的プロセス・メカニズムの階層性なのでもあるので; [一つめ]細胞,器官,個体…等の集団規模パターンに基づく階層性は、全体→個のフィードバック因果を無視しているので、本来的には崩れます; [二つめ]また、進化プロセス(クラドジェネシス)の結果としての共時的パターンのみに基づくリンネ式階級の階層性とは別物になります。ただし、我々にリンネ式階層性を意識させる原因は、このプロセスの中に眠っている筈です。 [vi] ここでは機械論(プロセス論)に偏っているように見えますが、合理論(パターン記述)的視点も大切です。階層を繋ぐ以上、各階層での現象を同型的に解釈する必要があります。このとき役立つのが「同じ型に当てはめて考えられるのでは?であるなら、未発見のピースが見つかる筈」と思索する「共通の型を好んで探しがち・記述しがちな合理論的センス」だと思います。じじつ上記のようにベイトソンもパターン記述とプロセス論を科学の両輪として回していくことの素晴らしさを強調しています(2節3点目)。個人的には寧ろ、階層間トラベルをするにあたっては、この合理論的センスこそが重要な気もします。 [vii] ベイトソンは、コミュニケーションの階層間で相反があることをダブルバインドと呼びました。これを脱するには、既知のとは別のコンテクストがあるという発見(学習Ⅲ)をすべし、と指摘します。同様にピアジェは、別の階層から新規現象がもたらされ、その結果として生じた不都合を解消するように進化が起きると予測しました(ピアジェ, 1987, 行動と進化―進化の動因としての行動)。一例を進化発生で挙げます。恐竜の手の指はかつて「発生システムは親指原基の消失を望む; 機能上、親指形態の存続が望まれる」という“ダブルバインド”下にあり、これを「親指形態を作る場所(コンテクスト)は一つではない」という “発見(学習Ⅲ)”を通じて乗り越えました(指のホメオシスを起こしました; Larsson and Wagner, 2012, J. Exp. Zool.に総説)。古生物学者によると、このホメオシス進化は切り替わりのように起きたのではなく、祖先返りを繰り返す/多型が保持された長い期間(zone of variability)を通じて固定されたことが想定されています(Bever et al., 2011, Evol. Dev.; Barta et al., 2018, J. Anat.)。 [viii] ランダム試行数(pool内試行パターンの多様性)を減ずる例(ただし、低次pool内の試行数は減じない)は次のように表現できる筈です; 発生環境の安定(=dev-env↓), 発生拘束 (=dev*↓), 適応的可塑性(→func↓), 発生後ホメオスタシス(=func*↓), 知性・ニッチ構築(→func-env↓), 獲得形質遺伝(→次世代dev↓)。進化過程へのこれらの影響は、一部Uller et al., 2018, Geneticsに総説。
(図a: 左) 「2つのランダムネスと準決定論的プロセス」という系の一般型(ベイトソン的素過程の改変)。ランダム要素は、初期値のランダムヴァリエーションと、プロセス成要構素のノイズ。 (図b:右) 図aの一般型の発展型。ベイトソンは発生と機能が組み込まれた進化過程を、「ランダムな遺伝型が発生を通して内部淘汰される」「{準ランダムな表現型+ランダムな環境}が機能発揮を通して外部淘汰され、間接的に遺伝型が更に淘汰される」という{ランダム試行に発するプロセスw/選択}× 2の形で捉えていました。ここに、「発生システムの置かれる環境」「プロセス構成要素のノイズ」を付け足しました。
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